名古屋家庭裁判所豊橋支部 平成10年(少ハ)7号 決定 1998年12月11日
本人 S・M(昭和53.5.10生)
主文
本人を平成12年9月18日まで特別少年院に継続して収容する。
理由
(申請の趣旨)
本人は、平成9年12月19日名古屋家庭裁判所豊橋支部において特別少年院送致の決定を受けて、同月22日宮川医療少年院に収容され、少年院法11条1項ただし書による収容継続がなされたものであるが、平成10年12月18日をもって収容期間が満了となる。
本人は、性的欲求の代償を支配可能な女児に向け、中学3年生以降、わいせつ行為を反復してきた。瀬戸少年院及び宮川医療少年院での2回の少年院教育を経ても、本人の問題点は改善されず、同種の再非行を惹起し、特別少年院送致の決定を受けて再び宮川医療少年院に収容された。非行の手口は大胆かつ悪質化し、抑制がきかなくなっている上、わいせつ行為によって本人の気持ちが落ち着くとか、欲求が解消されるなどの快感を体験するようになっており、性非行が固着する傾向にある。
宮川医療少年院では、名古屋家庭裁判所豊橋支部から2年ないし3年間の教育が望ましい旨の処遇勧告を受け、2年4か月の収容期間を設定し、本人の問題点を改善するため、教育目標として、<1>内省力を養わせる、<2>共感性を養う、<3>自身を培うという各目標を設定して個別的処遇計画を作成し、矯正教育を行ってきた。
新入時教育過程においては、積極性に欠ける面はあるが、落ち着いて生活し、内面的な問題を改善しようとする意欲も見られるようになった。しかし、しょく罪意識の芽生え、自分に対する反省は今一つ深みに欠けるものであった。
そして、平成10年4月1日に中間期教育過程(前期・2級上)に移行した。保護環境面では、母は平成10年1月に面会に来ただけであるが、父は同年7月以降、月に1度面会に来るようになり、少年と父との関係は良好に向かっているものの、まだ母に頼っている部分も多々ある。
現在、中間期教育過程(前期・2級上)で処遇中であるが、しょく罪意識の乏しさ、事件に対する認識の甘さ、共感性の乏しさ、両親との懇談が十分に図られていないことなど、問題点を改善するには時間を要すると思われる。そこで、教育期間の確保と保護観察の枠組みを一定期間継続させる必要があることから、保護観察期間を含めて平成10年12月19日から平成12年9月18日までの1年9か月間の収容継続の決定を求める。
(当裁判所の判断)
1 本人は中学3年生以降、女児に対するわいせつ行為を反復してきた。そして、瀬戸少年院(平成6年9月19日入院、平成7年10月26日仮退院、在院期間402日間)及び宮川医療少年院(平成8年2月21日入院、平成9年6月19日仮退院、在院期間484日間)での2回の少年院教育を経ても、本人の問題点は改善されず、同種の再非行を惹起したため、平成9年12月19日当庁において特別少年院送致の決定を受けて、同月22日再度宮川医療少年院に収容され、同月25日少年院法11条1項ただし書による収容継続決定がなされた。宮川医療少年院では、当庁から人格的偏りを専門的に矯正するため保護処分に付したので責任をとらせるという観点も含めて2年ないし3年間の教育が望ましい旨の処遇勧告を受けて、本人について2年4か月の収容期間を設定して個別的処遇計画を作成し、矯正教育を実施してきた。
(1) まず、津少年鑑別所作成の再鑑別結果通知書によれば、平成10年10月27日に実施された本人の再鑑別について、次のような結果が認められる。
宮川医療少年院でのこれまでの処遇経過では、本人は日記や課題作文で自分の非行や問題点に目が向くようになり、院内生活では、他の少年に助言したり、新入の少年に諸動作を教えたりする場面が見られ、対人接触場面での対応の仕方にある程度前進が見られた。しかし、課題作文の内容は継続的な深い自己洞察には至っていないし、他の少年との関わりは消極的であったり、不正行為を傍観しているだけであったりするもので、他者との十分な交流を行うことができていない。
本人の基本的な問題点である性非行に対して、本人が直接考察する場面としては、内省課題ノート、日記、面接、生活指導特別講座(性教育)、ロールレタリングなどであるが、内省が十分進まないのは、本人自身に自己の問題に対する無意識的な抵抗感があるからと考えられる。すなわち、女児に対する強制わいせつ行為は、本人にとって最大の恥部であり、自己存在を揺るがしたり脅かしたりするものであって、この問題には触れずに済ませたいという無意識的な欲求、自我防衛機能が働いてしまうものと考えられる。しかも、各課題場面に関連性がないため、本人にしてみれば、その課題をとりあえずこなしていくことで課題を克服したような気分になり、内省が十分深まらないまま経過している。
そこで、今後は性非行に対する様々な課題に関連性を持たせたり、本人にその段階ごとの総括をさせていくことが重要になると考えられる。現在本人に組まれている個別的処遇計画では中間期教育過程の前期及び後期がそれぞれ9か月となっているが、これを実施するには、更に1、2か月程度の期間が必要となる。また、過去に本人が少年院を仮退院して半月から5か月くらいの間に再非行を繰り返していることを考えると、少年院を出院してから5、6か月程度は保護観察の期間を確保することが必要であると考えられる。
(2) そして、当庁家庭裁判所調査官○○作成の平成6年9月14日付け少年調査票、同○□作成の平成8年2月19日付け少年調査票、同○△作成の平成10年12月7日付け調査報告書3通及び審判の結果によれば、次の事実が認められる。
本人は、4か月を予定していた新入時教育過程を順調に終え、平成10年4月1日に中間期教育過程に移行して現在に至っている。一つ一つの課題は問題なく達成しているが、理解が表面的なところにとどまっているのではないかという疑問が残る。中間期教育過程に移行してからも、本人が不得手とする対人接触場面での対応の仕方に劇的に変化したと評価できるような点は見られない。
本人の母は、平成5年12月に本人及び本人の弟妹を連れて父と別居した。妹は平成7年11月ごろから父と同居するようになったが、本人はこれまで少年院を仮退院すると母の元に帰住していた。しかし、特別少年院送致決定を受けて宮川医療少年院に再度収容された後は、母は平成10年1月に面会に来たのみであり、それ以降面会も通信も全くない。
本人はこれまで父との関係が悪く、平成10年7月に父が初めて少年院に面会に来た際は緊張するような状態であった。父は、以後月に1度程度面会に来るようになり、少年院での運動会の日には、本人とともに競技に参加しようと本人用の体育館シューズを持って駆けつけるというようなこともあった。現在では本人は父との面会を楽しみにするようになっており、関係が徐々に改善されてきている。父は、これ以上本人を母にまかせていても仕方がないとして、今後は自分が引き取ろうと考えている。しかし、本人自身の問題性の根深さ、現在父と同居している本人の妹との関係調整等をかんがみると、父自身も本人を引き取るに当たっての環境調整にはある程度時間がかかると考えている。
性関係のことについては、本人が自分から話すことはほとんどなく、担当教官から話題にしても当初は曖昧にしか返事をすることができなかった。最近では少しは自分の問題点について表現できるようになってきたが、本人自身、自分からは話しにくいという意識があると感じている。
また、本人は収容生活が長くなっているため、ときどき広い場所に出たいと思うことがあると述べるが、現在社会に出たとして再非行を惹起せずにやっていけるかどうかという点についてはまだ自信がないと述べているのであって、自己の問題点の改善が現時点では不十分であることを自覚している。
2 上記1記載の事実にかんがみると、本人については、2年4か月の収容期間を設定して作成された個別的処遇計画を全うさせる必要性が非常に高いといわざるを得ない。本人は現在までほぼ順調に進級しているが、平成10年12月19日をもって少年院法11条1項ただし書による収容期間が満了となるので、予定されている個別的処遇計画を全うするためには、少年院での残りの教育期間を少なくとも1年4か月程度確保する必要がある。また、過去2回の少年院出院後の再非行までの期間を考えると、出院後少なくとも5、6か月間程度は保護観察の期間を確保し、専門家の指導監督を継続することが必要となると考えられる。
3 したがって、本人に対しては、所定の個別的処遇計画を全うさせる必要があり、また、出院後も一定期間保護観察を必要とする事情があると認められるから、本件申請どおり、収容継続の期間は平成12年9月18日までとすることが相当であると認められる。
よって、少年院法11条4項、少年審判規則55条により主文のとおり決定する。
(裁判官 音川典子)